アメリカの大学院で4セメスター学んで驚くこと(その7)

 

テキサス州立大学院で支援教育(Special Education)と識字教育(Reading Education)を学んで驚くことシリーズのこんどこそ最後になります!この前のもので最後だと思っていたら、もう一つ大きいのがありました!最後で6つ目になるのは、「州統一テストの結果がすべて学校ごとに発表され、しかもその結果で最終的には閉校になる」です。これを知った時本当に衝撃でした。「こんな事日本でも採用されたらどうなるのだろう?」「日本ってぬるま湯だな・・・」いろんなことが頭を駆け巡りましたが、アメリカではここまでしないといけない状況があったと言えます。詳しく述べます。

 

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2001年ブッシュ政権にて“No Child Left Behind (NCLB)”Actが採択されました。1965年にジョンソン政権にて貧困や不利な境遇にいる子供たちの救済のために採択された“Elementary and Secondary Education Act”の改訂法と位置付けられていますが、NCLBは範囲を広め、初等中等教育全体の質の向上めざし「すべての生徒が2014年までに数学と読解において熟達レベルに達すること」という目標を立てました。採択当初からその非現実的な目標が批判されていましたが、その予想どおり2014年にこの目標を達成した州は一つもありませんでした。NCLBは次の4つの基本原則からなっています:

1.テスト結果についての説明責任

2.科学的に成功が実証されているカリキュラムや教授法の使用

3.親が選べる選択肢を増やす

4.州からの資金使用決定に学校の決定権をふやす

これを受けて、すべての州は州統一テストを開発し、その結果を一般に公表することが義務付けられています。例として、私の子供たちが通う小学校Cowan Elementary Schoolのレポートを載せておきます。

https://www.austinisd.org/sites/default/files/dept/cda/docs/post2013/2015-2016/227901183_5.pdf

幸運なことに、Cowan Elementaryは州統一テストであるSTAARテストで非常に良い成績を出しています。

 

テストの結果とともに、Adequate Yearly Progress (AYP)を達成したかどうかも公表されます。AYPは学区と学校が2014年までに熟達目標を達成するために、各年に到達しなければならない学力の目標をしめしています。AYP達成は教員や学校にとって大きな関心ごとです。なぜならAYPの不達成で最終的には閉校になるからです。詳しく説明しましょう:

  • AYP不達成2年目:同じ学区で良い結果を出している学校に生徒を転校させることを許可しなければならない (これにかかる費用は学校が負担)
  • AYP不達成3年目:学校が無料で生徒に個人指導を提供する
  • AYP不達成4年目:州による矯正的介入 (次のうちの少なくとも一つを選択:教職員を入れ替える、新しいカリキュラム導入、学校運営の主導権を部分的に州に譲渡)
  • AYP不達成5年目:州による学校再編成(次のうちの少なくとも一つを選択:学校をチャータースクールとして再編成、州が学校運営全てに責任を持つ)

これについて学んだ授業にて、クラスメートの一人が自分の知り合いの学校が閉校になって、職をなくしたと話をしていました。前にも書きましたがアメリカの学校には転勤はありません。自分の勤め先の学校が閉校になればそこで職を失うわけです。だから、AYP達成は教員にとっては死活問題になるわけです。

 

NCLBは採択当初からアメリカの教育にただならぬ影響を与えてきました。NCLBは教員としてのスタイルや信念を変えることを強いることが多々あることから、NCLBを“悪法“とみなす教員が圧倒的に多いようですが、NCLBがもたらしたものには弊害も恩恵もあるようです。この法案が引き起こした変化の例は:

  1. 3年生以降に受ける州統一テストの中心のカリキュラムとなり、テストに出ない教科(社会・理科)がおざなりにされる
  2. Evidence-based (科学的根拠がある)がある教授法が使われる
  3. それ以前は高い成果を求められなかった生徒達(障がいのある生徒、英語を第2言語とする生徒、経済的困窮家庭の生徒等)達にも他の生徒と同じ基準が求められる。

ちなみにNCLBは2015年にオバマ政権で “Every Student Succeeds Act (ESSA)”して継続されています。

 

ハフィントンポストの記事によると、NCLBが採択された翌年にはPISAのアメリカの数学の成績が9位であったのに対し2009年には31位にまで落ち込んだことからも、州統一テストを生徒に受けさせることで生徒の学力が上がることが言えないことが国内の研究機関によって2011年に証明されました。詳しくは以下のウェブにあります。

http://www.huffingtonpost.com/pauline-hawkins/nclb-and-common-core_b_5236016.html

 

さて、このことから日本の教育を振り返ってみたいと思います。日本で同じように都道府県統一テストが開発されその結果が学校ごとに発表され、その結果によって学校が改編されたり、教員が辞めさせられたりすることになったらどうなるでしょう?教員の暴動が起こるでしょうね・・・教員がよく口にする言葉に「教育とはすぐに結果が出るものではない」があります。数字で教員の成果を測れるものではない・・・。確かに一理あります。その時結果が出ないことが多くあるのが教育です。ですがその言葉に安住して自分の教育を振り返らず、自分が思っていた結果が出なかったときには生徒を責める教員がどれだけ多いことか。また同時に、自分の教育が上手くいっていないことを自覚し自己変革の必要を強く感じていながらも、日々の忙しすぎる業務で心も体もいっぱいになっている教員もどれだけ多いことか!今の超ブラックとも言える異常な労働環境の中でも自己研鑽している教員は実際います。ですが彼らのような“スーパー教師”は教員全体の2~3%ではないでしょうか。残念ながらスーパー教師だけでは変革はできません。スーパー教師が核になって、おそらく教員の30%を占める変革の必要を感じながらも行動に移せていない教員を巻き込むことで、変革は実現可能に近づけると思います。このような教員からのボトムアップ的な変革の動きと、政府や都道府県教育委員会からのトップダウン的な変革の動きが必要なのだと思います。教員の「変革しなければ」という思いと、政府の「変革しなさい」という命令の利害一致しているのがまさに今ではないでしょうか?英語教育に関しては「4技能指導」であり、全教科に共通しているのは「アクティブ ラーニング」でしょう。どちらも現状の教育とは随分かけ離れていることから、変革には相当のエネルギー、財源等が求められると想像します。ですが、私は変革は可能であると思います。なぜなら教員の多くは、少なくとも30%は今の教育の限界を感じ、変革の必要性を感じているからです。だからこそ、政府には教員が変革できるための物理的環境整備を保証して欲しいと心から願います。物理的環境設備には、教員が本務に専心できる環境が第一にあり、第2に新しい教授法を学べる研修に参加できること等です。

 

NCLB, 今のESSAから私達日本が学べることであると私が考えることは:

  • 統一テスト実施だけでは、生徒の学力向上に結び付かない。
  • 教員が使っている指導法のすべてについて、本当に効果があるのかどうかを検証する必要がある。
  • 教員や学校が自らの教育・指導の効果を客観視できる指標が必要である。それをもとに各教員・学校が自らの指導方法を改善できる仕組み作りが必要である。
  • 上の指標を公開し、説明責任をはたす。
  • 改革成功させるには、政府からのトップダウンな改革と教員からのボトムアップの改革の方向性が一致していることが条件で、日本においては今がその時である
  • 改革成功させるためには、そのための物理的整備を政府が保証することが絶対に必要である。今の忙しすぎる労働環境では、改革したくともできない教員が多すぎる。

 

勝手なことを思うままに書いてしまいました。私が考えるようなことはすでに今までも、他で語られていることであると想像しますし、突っ込みどころも満載であるとも認識しています。ですが,日本で教師を長年続けた後にアメリカで教員になるために大学院で教職免許を取得しようとしているというのも、なかなかないシチュエーションであると思います。その中で私が感じる事が日本の教育が良い方向に向いていく何らかのヒントにならないかとの思いでこのブログを書いています。

 

参考文献

http://www.edweek.org/ew/section/multimedia/no-child-left-behind-overview-definition-summary.html